2020年

 

新年あけましておめでとうございます。

昨年も、多くのクライアント様が人生の流れを大きく変化されました。

 

サポートさせていただけました喜びに改めて感謝申し上げます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします!

 

2020年!字面もなんだか安定感のある切りのいい数で、オリンピックも開催される事ですし、

なんだか特別感あります。あ、うるう年でもありますね。

そんな新年に向かうにあたり、

私のクライアント様を含め、関わる周囲の人たちは心機一転感が強いです。

今年の12月は特にご依頼件数が集中し、

下旬に入ってぐっと気持ちが切り替わった方が多くいらっしゃいます。

 

あぁ、やはり時代は大きく変わっていくのだな、と感じている今日この頃…

 

ここ数年では自分軸という言葉もよく耳にするようになり、

クライアント様の中にも

『自分軸で生きたいと思うのになかなか…』

と悩んでいる方々がいらっしゃいます。

 

自分軸という言葉に触れ、本を読んだり、

ネットで調べたり、セミナーを受けたりされている方々ですので

情報はしっかり入っています。

それでもなかなか心向きや行動面を変えられない、という事は起こりますよね。

 

もともと自己信頼感があって、すっと意識を変えられる方もいますが、

これまでずっと他人の目や気持ち、社会の価値観を

強く意識して生きてきた方にとっては簡単な事ではありません。

 

ちょっと極端な例えで言うと、

ずっと海の中で生きてた動物が

『陸で生きなよ!』と勧められているような事なので

とっても怖いことなのです。

 仮にそれまでの海の中の生活が辛かったとしても、

その中でなんとか生きてはこられたので

未知の世界である陸で生きることよりも安全な気がするのです。

 

ですから、なかなか望んでいる生き方に変えられない、と

苦悩されたり、自分を責めている方、そんなに思い悩まないでください。

現状を維持しようとする意識も自分を守ろうとする上で起こっている選択です。

 

でも、もし、現状が繰り返される事がとても辛いなら…

その気持ちに寄り添う事を諦めないで下さい。

自分の心を大事にしたいと感じる気持ちが上回ったら

その時が動けるタイミングです。

 

 

さて、2020年。

どんな年になるでしょうか…(*´▽`*)

 

 

 

皆様にとってより一層、幸せな年になりますように♪

 

 

2020 / 1 / 1        kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛を受け取ること

 

 *『 ありがとう』と言うよりは言われたい。

 *誰かに助けてもらう事に対して申し訳ないという気持になる。(または、なんとなく不快に感じる。)

*人に頼るのは良くない事だ。

*愛は与えるものだ。

 

男性でも女性でも男性的資質(心理学用語では男性性と言われます)を優位に生きている方はこのように感じる傾向が強くなります。

 

 

 

このタイプの方が、日常に強いストレスを感じている場合は、

【愛を受け取る事】を意識し直す事によって、

ストレスのもとになっている心理状態を手放していくことに繋がります。

 

このようにお話しすると、

『でも、全く頼ってないわけではなく、ちゃんと助けてもらう事もありますし、

感謝の言葉も忘れませんよ?』

 

と言う方もきっといると思います。

 

私がここでお伝えしたいのは、

表面の行動そのものではなく

ちゃんと愛として受け取って下さい、ということです。

 

なぜ、あえてこのように強調するのかと言うと、

前述した、男性性優位タイプの方は

言葉の通り、男性性を優先した考え方で生きているので

自然とそのほうが良い事(優れている)だと感じています。

ですので、他者から助けられるなどの愛を受け取る状況になると、

自分がまるで弱い立場(劣っている)であるかのような抵抗感を

無意識に感じてしまいます。

 

さらに言えば、

『助けてもらって有難いなぁ』と幸福感が湧くのではなく、

『なんだか申し訳ない』とか、

『借りを作っちゃったな』というような感覚になる事もあるのです。

 

申し訳ない

借りを作った

という感覚になりながらも、

行動の部分では頼って感謝も表現したので、

相手からの行為をちゃんと受け取ったと思うかもしれませんが、

 厳密に言うと、愛として受け取っていません。

 

心の中のエネルギーは

申し訳ない(=ごめんなさい)

借りを作った(=弱みを持った)

に近い感覚ですからエネルギーとしてはネガティブなのです。

 

せっかく愛情を受けているのに、

受け取る側が違うものとして受けとってしまえば、

愛されている実感にはなっていません。

 

ですので、

このようにネガティブな感覚になるという方は、

『申し訳ない事とか自分が弱いなんて事じゃなく、

愛を受け取っている(愛されている)という事なんだなぁ。』

 

と、ネガティブに傾きがちなエネルギーに向き合い、

意識的に幸福感として再確認してみましょう。

 

それでも抵抗が強く残る場合は

受け取る事(愛されること)に対して

かなり否定的だと気付ける機会でもあります。

 

否定が強い方は

『申し訳ないから早く挽回しなくちゃ』とか

『早くお返ししなくちゃ!』と

こんな考えも湧いていませんか?

 

愛を受け取っている事を味わうことはなく、

与えることばかりにすぐ気持ちが向っている状態です。

こんな習慣が気付かぬうちに、ストレス過多の原因になっています。

 

『なんでいつもこんなに良いことしてるのに、

ストレスだらけなんだ!?』

と、人生に幻滅するような気持ちにもなりかねません。

 

ですから、愛をどのように捉え、

受け取っているかを理解することは、

心身の健康という意味でも大切なのです。

 

 

 

 

2019 / 7 / 18         kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭と心のバランス

 

やりたくない(感情)

 

やらねばならない(考え)

 

感情と考えがこのように相反することは

 多くの方が感じられたことがあるかと思いますが、

これは心と頭(考え)の意見が違っている状態です。

 

 私たちは無意識にでも、心と頭の両方の意見を

 取り入れながら生きています。

 

 

心と頭のバランスが取れていると、人生はスムーズに流れます。

 

バランスの良い場合は、時に困難が起きても乗り越える強さも湧き、

助けてくれる仲間にも恵まれ、チャンスや知恵を得ることもできます。

自然に自己肯定感も感じています。

 

 

では、バランスが悪い場合ではどうでしょう。

 

心の奥が『辛い、もう嫌だ!』と激しく抵抗しているのに、その感情を無視し、

 『どんなに辛くても〇〇すべきだ!』という考えの下で行動します。

 

または、『これは私にとって良くない事だ』と頭で分かっていながら

 衝動的に感情任せで、本来望んでいないような行動をしてしまいます。

 

ですから、バランスが崩れた状態で生活を続ければ、

無理や我慢からの体調不良を引き起こします。

周囲の人にも依存し過ぎたり攻撃的になったりするので

それによる 葛藤や自己不振、罪悪感などを味わう事になるのです。

 

誰でもこのような状況下では幸せを感じられないですよね。

 

 

上記したバランスの良し悪しはちょっと極端に差を表現しましたので、

バランスが崩れたら大変!と、過度に不安になってしまうかもしれませんが、

そもそも心と頭のバランスというものは、なかなか安定を維持し続けられるものではなく、

まるでやじろべえのように不安定に揺れていたり、

個々の性格によりどちらか一方に傾いた状態で過ごしていることもあります。

 

バランスの悪さが極端であればあるほど、ネガティブな感覚になるので、

良い状態だけを保たなければならないと思われるかもしれませんが、

普段は安定しているタイプの人であっても、

初めての事に向かう時の怖れや、突然の悲しい出来事など、

少なからずバランスが崩れてしまうような体験は人生において何度も起こります。

それらの体験から自己と向き合い、理解を深め、成長する機会ともなり得ますので、

人間だからこそバランスは一定ではいられないのが自然な事とも言えるのです。

 

 ただ、大きくバランスを崩してしまうと、

その状態から自力で乗り越えようとすることは、なかなか難しくなってしまいます。

 ですので、心と頭のどちらかの意見を無視し続けていることに早い段階で気付き、

自覚することは大切でしょう。

 

心は当然ながら個々のものですので、感受性の強さによってもそれぞれ違いがありますね。

思考(頭)する事についても個々での違いはありますが、社会通念や時代背景によって

多くの人の中に共通する観念は生まれます。

 

高度経済成長期からの日本では、特に知性の方が心よりも優位のように扱われる傾向が

強かったのではないかと思います。

"お受験"が分かりやすい例です。子供の知性を伸ばすためにはお金も時間もかけますが、

子どもの心に向き合うような機会が同じような扱いだったかと言えば疑問です。

 

そんな"お受験"での上記のバランスを子供の場合で表してみます。

子どもにとって心からやりたい事が難関校の受験の場合は、過酷な環境においても

家族のサポートがあれば、バランスが乱れても乗り越える事ができるでしょう。

ただ、やりたくないのに、親の意志によって無理に受験しなければならない、

というような状態でそれを全うしようとした場合、言うまでもありませんが我慢の連続です。

子どもは本心を抑し殺し、望まない状況を過ごす事になります。

 

 

ちょっと話が脱線しますが…

 

私の勝手な言葉の解釈ですが、我慢と辛抱には一見同じような行動であっても、

根本に違いがあると思っています。

 

【我慢】は我をなまける(漫の意味)ということ、

つまり、自分の心と向き合うことをなまけているので、心に負荷のかかった忍耐。

【辛抱】は、辛い気持ちを抱きしめる、ということで、

望むものに向かう心を抱きしめながら、頑張る様子。

…なのではないか、と。

  

こう考えると過度な我慢をせず、親に隠れて漫画を読んでいた私は、

ただの怠け者ではなくて自分を守っていたんだ!と肯定できます( *´艸`)

 

 心と頭のバランスのお話しにもどします(;^ω^)

 

 

上記したように、

 

社会通念や時代背景などの影響下においても、知性優位な傾向が強いことによって、

無意識に【こうあるべき】と、頭(考え)を優先し過ぎる事が、

現代の日本においても根深く残っているからこそ、

自然と頭重心になり心を抑圧してしまうので、

良好なバランスの状態なんて『そもそもわからない』『できそうに思えない』

という方が多いのも当然だと思います。

 

まずは、ストレスや不安を何かで埋めようとするだけでなく、

時々ご自身に問いかけてみてください。

 

◇最近無理や我慢をし過ぎていませんか?

◇我慢し過ぎていると気付いたならそれはどんな事で何の為ですか?

◇人生において大切にしたい事の優先順位を考えたことはありますか?

◇その優先順位の通りの行動になっていますか?

◇そもそも頭(考え)と心(感情)のそれぞれの優先順位は一致していますか?

 

 

こんな事を意識し始めるだけでも

頭と心が対話するきっかけになります。

 

その対話によって二つが信頼関係を築けば、

未来への安心感や勇気も自然と芽生えてくるのです。

 

 

 

 

 頭と心

 

この二つが信頼し合っていることは

 

アナタのパワーの源です♪

 

 

 

 

 

  2019 / 7 /  11     kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最期の感謝

 

先日、お知り合いのAさんが、

15年以上連れ添った愛猫ちゃんが亡くなったと教えて下さいました。

 

高齢で重い病気になったことで、晩年は毎日のように通院しながら苦しみを伴う治療もあることから、

『この治療を続けることはこの子のためなのか、それとも私の身勝手な想いなのだろうか』と葛藤されていました。

 

 

余命を意識しながら

『本当にわが子のようなこの子を失ったら私は正気ではいられないのではないか…』

と思っていたそうです。

 

そしてとうとうお別れはやってきました。

その日から数日は思い切り泣いたそうです。

 

『それでね、気付いた事があるの。』と、Aさんは続けてこうおっしゃいました。

 

『正気でいられなくなるほど執着心が出てくるのではないかと思っていたんだけど、

最期はありがとうって感謝の気持ちしか出なかったの。

もう触れ合うことはできないし、そりゃ悲しくないわけではないんだけど…

あの子から沢山愛されていたなぁ、ってすごく感じてるし、

今も愛してくれているってわかってる。

会いたい気持ちはあるけれど、

でも、苦しい気持ちよりも、感謝しかないの。

自分があの子を守っていたと思っていたけど、

沢山私も守られて、愛されていたんだ、と心底感じられたの。

不思議だけど、そんなに寂しくないの。』

 

聞いていて胸が熱くなりました。

 

Aさんが『わかった事』とおっしゃったのは、

ご自身と愛猫ちゃんの間の関係性において、

肉体を失うという寂しさが想像していた以上に少ないという事。

愛によるつながりが現在も続いていて、

そこには失うという概念はなく、

自分の中にあり続けるものだという事。

 

まさに愛し合っているのですね。

 

 

人間社会の目線から見ると、

人は動物を飼う立場(愛を与える側)ですから、

猫ちゃんは育てられる側(愛を受ける側)

という関係性のように思われがちですが、

 

動物が飼い主から愛されている事を

ちゃんとわかって信頼してコミュニケーションしてくれる時、

その信頼という愛を、飼い主もいつも受けとっています。

それは、言いかえれば、動物から愛を与えらえているという事です。

 

目に見えずとも重ねてきた

そのコミュニケーションは

肉体としての存在があろうがなかろうが

消えることはなく、

相手を想えばそこには自然と愛があり、

心の中では同じようなコミュニケーションが続いていくのですね。

 

 

 

触れ合って存在を確かめ合える、命のある時間。

それはとても貴重なものですが、

命が終わってもずっと消える事のない愛がある事を

愛猫ちゃんとの関係の中で体感として気付かせてもらったと

お話しして下さったAさん。

 

その時、愛猫ちゃんも天国で…

『そうだね』って

頷いていたかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

愛は誰の事も傷つけない

 

それはきっと

 

真実なのでしょう。

 

 

 

 

2019 / 6 / 30      kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分への嘘

 

多くの方が

『できれば嘘はつかない方がいいな』と考えますよね。

 

とは言え、日常では、人を騙すためというようなネガティブな嘘だけではなく、羞恥心や思いやりからの嘘というものもあります。

 

ですので、現実的には他者に対しての嘘はそれぞれの性格や生き方によって、時にはついてしまうモノ、と言えるのではないかと思います。

 

 

そんな中で、今回は【自分への嘘】は、つかない方がいいという事を記したいと思います。

 

この【自分への嘘】というのは、

幸せでないのにその気持ちを胡麻化して過ごすことや、悲しいのに悲しくないと思い込もうとするなどの、

自分の素直な感情を受け入れないように生きているという状態(=本当の自分の気持ちに嘘をついている)です。

 

他者に対して、どうしても意地や見栄が出てしまい、素直な感情を表現できない方でも、

自分のありのままの感情を受け入れ、その存在を認めている方が自分を愛するという意味でも良いのです。

 

例えば、『あんな人に嫌われたって全然かまわない!私だって嫌いよ!』

 

と、外面的に発していたとしても、本心では『嫌われてしまってとても悲しかった…』という気持ちも

感じているのであれば、その気持ちを抑え込んだり誤魔化したりせずに、

そのように感じる自分の心を理解し、受け入れた方が

自分の中でだけでも自分の心を否定せずにいられます。

 

特に自己否定が強い方が人から受け入れられなかったと感じた時、その悲しみはとても強く、

その感情を受け入れることに抵抗を感じるのは仕方のないことです。

 

それを感じてしまうと『ほら、やっぱり私はダメなんだ。』と、

より一層、自己否定を感じてしまいかねないので、

 

それから自分を守るためにも、

『私を受け入れないアイツが悪いんだ!』と、

怒りの感情だけにフォーカスしてしまった方が、相手だけを否定できる事で、

何となく楽な事のように感じるのです。

 

とは言え、相手を否定したからと言って、自身を肯定できるわけではありませんし、

その時感じていた悲しみの感情が、消えてなくなってくれるわけでもありません。

 

長年かけて、そのようなパターンで押し込められた感情は、心の奥で大きくなって

その存在を無視することはできないほどのものになってしまいます。

 

ですので、自分の心に嘘をつき、

相手だけを責めて一時的にやり過ごすことができたとしても、

 

その行為は言い方を変えれば、

自分で自分を苦しめてしまっている(=自分を愛さない行為)

とも言えるのです。

 

 

 こんな嘘を無意識に自分についていたかもしれない…

 

そんな風に感じた方は、

嘘を選んだアナタと一度向き合ってみるきっかけにしてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

誤魔化したくなるような感情も

 

ちゃんと受け入れてみて下さい。

 

それはあなたにとって

 

実はとても大切なことなのです♪

 

 

 

 

 

 

 

2019 / 5 / 22                 kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せの受け取り方

 

『幸せは続かない』

 

こんな不安があって『今、幸せであること』を味わえないという人がいます。

 

仕事で目標を達成した、恋人ができた、など、

 

せっかく自分にやってきたポジティブな出来事であるにも関わらず

 

今度はそれを失うのではないかという事に意識が向いてしまいます。

 

例えば、恋人のメールの返信が遅いと『もう自分に興味がなくなってきたのではないか』と感じたり

 

仕事で同僚が活躍し始めたら、『自分の立場が危うくなるのではないか』と感じたりすることです。

 

 

実際にはまだそういう状態ではないにも関わらず、そんな考えに囚われるのは、

 

自分の中の『幸せは続かない』という不安から起こっているのですが、

 

その原因を自分の内側ではなく、外側に探してしまうのです。

 

 

仕事での評価や恋人の反応を気にし過ぎると

 

その人の人生は、現在のやりがいや喜びではなく、

 

未来に起きると仮定した結果に縛られてしまいます。

 

 

 

常に評価を得るための仕事

 

愛される実感を感じ続けるための恋愛

 

 

仕事でのシチュエーションの場合、

 

今の自分には何ができるか、と意欲的にチャレンジしていたはずなのに

 

未来の評価にこだわるあまり、評価に最短距離でたどり着こうとするだけの行動をしてしまいますし、

 

恋愛の場合だと、

 

恋人とのコミュニケーションに愛を感じることよりも

 

相手の心を逃さないためのコミュニケーションになってしまいます。

 

 

未来の評価にこだわる事が、良い仕事の結果につながらないとは言い切れないですし、

 

相手に愛される事だけを意識したコミュニケーションの継続が、必ずしも二人の関係性を悪くするとは言えません。

 

 

ただし、少なくともその方の人生の流れは、愛からは遠ざかり、

 

『~ねばならない』という義務感に縛られてしいまいます。

 

 

 

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自分から素直に

 

いつもこちらでの投稿が停滞するたび

 

ご期待と応援の声を下さる方々‼

 

…大変お待たせいたしましたm(__)m

 

 もうすっかり春ですが

 

新年度のスタートいかがお過ごしでしょうか?

 

私事ですが、この春は長男と長女が

 

 

それぞれ進学し、新しい環境となることで

 

何かと気忙しく過ごしておりました。

 

入学式も終わり、やれやれ…と思った矢先に風邪を引き、

 

久々に1週間以上寝込む程、体調を崩してしまいました(;'∀')

 

やっと回復してきましたので

 

遅ればせながら春を味わっております♪

 

 

 

 

春は新しい環境に変わる方も多いでしょう。

 

心機一転、何かを始める人や、新たな目標を掲げたり、と

 

前向きな行動ができる季節です。

 

人間関係にも変化があるかもしれませんね。

 

 

新しい出会いは良くも悪くも緊張感が生まれます。

 

他者との関係を良くしたいと思うと、気遣いし過ぎたり

 

‟いい人”を演じてしまうことも少なくありません。

 

身構えて、ツンとした態度で接してしまう場合もあるでしょう。

 

 

こんな時は、新しい関係性に不安が強いからです。

 

自分は受け入れられるだろうか?

 

悪い印象を持たれないだろうか?

 

距離感を掴めない人ではないだろうか?

 

意地悪な人ではないだろうか?

 

このような不安があると自然体で接するのは難しくなります。

 

 

こんな時は思い切って素直な自分を表現すると不安が和らぎます。

 

例えば、

 

『初めての場は、すごく緊張するんです。』

 

『人見知りで、誤解されやすいんです。』

 

『強そうに見えるって言われるんですけど、気が弱いんです。』

 

このようにその時の気持ちを自分から素直に言葉で表現したことで

 

少し心を開いた状態になります。

 

 

不安な時は心のガードが固くなります。

 

心に鎧を着ているような感じです。

 

そんな心を少し開くことで、

 

‟今は特別危険ではない”と自分の状況を信頼をしたことになります。

 

 

信頼している状態というのは

 

相手にも安心を与えることになるので

 

お互いの緊張感が和らぐのです。

 

 

その上、相手に自分が受け入れられる機会を

 

自ら与えたということになり、

 

【自分を愛する行為】とも言えるのです☆彡

 

 

 

 

 

 

 

 

窓を開け、清々しい陽気を

 

感じたくなる春。

 

心の扉も自分から開いてみませんか♪

 

 

 

 

 

 

 

 

2018 / 4 / 22       kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選択

 

私たちは無意識であっても

 

常にいろんな選択をしながら生きています。

 

例えば、対人関係で自分の意見を言わない人は

 

自分の気持ちを表現することではなく、

 

自分の気持ちを抑える事や相手を優先させることを

 

選んでいます。

 

 

いつも自分の気持ちを抑え、相手を優先させる事を選んでいる人が

 

『誰も私の気持ちをわかろうとしてくれない!』

『私のことは優先しようとしてくれない!』

 

と、周囲に対して怒りが湧いてくることがあります。

 

『自分はいつも周囲の気持ちを考えて、

自分より他者を優先するようにしているのに

なぜ周りの人は、自分のことを考えようとしてくれないのだろう…』

 

と、悲しい気持ちにもなります。

 

周囲への優しさを選んで生きているはずなのに自分は優しさを得られない。

 

そんな状態に、世の中が理不尽だ、とも感じるかもしれません。

 

 

 

ただ、受け入れ難いことかもしれませんが、

 

いつも自分の気持ちを抑えることを選んでいるのは

 

他の誰でもない自分自身です。

 

自分がストレスを感じていることを自覚しながら、

 

それでも人への優しさの方を選んで生きているのです。

 

 

このように、自分自身でストレスになる事を選びながら、

 

それを気付いてくれない周囲の人に怒りが湧いてくる、

 

そんなケースはよくあります。

 

 

 

例えば、友達と旅行の行き先を決める時、

 

いつも相手が望む所に合わせていた人が

 

4度目の旅行の場所を決める時になって、

 

『いつもあなたの行きたいところに行ってるんだから

今度は私の行きたいところに行こうって言ってよ!』

 

とイライラしながら思っていました。

 

それなのに、その気持ちを相手には言わず、

 

相手の性格が悪いとか自分への友情がない、

 

と責める気持ちや怒りが湧いてくるというような心の状態です。

 

 

 

このようなケースで怒りが湧く人は、

 

思いやりや心遣いは人に与えるものだからこそ

 

自分も人から与えられるべきだ、という考えを持っている可能性があります。

 

 

これは誤解です。

 

もちろん、人への思いやりは素敵なものですし

 

自然に人から思いやりを受けることも幸せなことですが、

 

自分自身に対して思いやりをもって接してもいいのです。

 

自分の気持ちを大切にする事を選んで行動しても構わないのです。

 

 

 

友達の性格を責めたり、友情を疑う前に、

 

こんなに感情的になる程、相手を優先することばかり考え

 

自分に我慢をさせることを選んで行動していた

 

ということに気づいた上で、

 

『私、今度は〇〇に行きたいな~!』

 

と、自分の願望を友達に伝えることが、

 

自分の気持ちにも思いやりをもって接することになりますし、

 

友達のことを信頼しているからこそ

 

本音を言えるということにもなりますので

 

何もマイナスなことではないのです。

 

 

 

 

 

不満なことが溜まっていたり、

 

悲しいことが続いている時は

 

いつも自分がどんなことを選択しているのか

 

見つめてみてください。

 

 

 

 

我慢ばかりを選んでしまっている人は

 

我慢の道を歩き続けてしまいます。

 

我慢が辛いと気付いたなら、

 

いつでも違う道を歩いていいのです。

 

あなたが選んだ道が

 

これからの未来に現れるのですから♪

 

 

 

 

 

 

2018 / 1 / 27            kyoko♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

契約

 

婚活パーティやお見合いのように

 

会ったその日から、結婚という目的に向けて

 

歩み寄るような場では、お互いを

 

"結婚相手"という目で見た時の

 

自分の理想の夫像、妻像に合う人を探すでしょうから、

 

コミュニケーションを取っている時には、自然に

 

"これは結婚に至る関係なのかどうか”を意識すると思います。

 

ですから、『私たちの関係、今後どうなるの?』

 

という問いかけは、結婚するのかしないのか

 

ということをベースにした会話になりますよね。

 

 

さて、

 

現代社会において性の多様化が認知されつつある中で、

 

恋人という関係でのお付き合いも色々な形がある世の中になっています。

 

そんな中で、このようなお悩みを経験される方がおられます。

 

 

 

彼がいったい何を考えているのかわからないんです。

私のことは好きだと言ってくれますし、

これからも一緒にいられたらいいな、とも言ってくれます。

普段も優しいので今まで付き合った男性以上に

すごく安心できる人なんです。

知人の紹介で知り合ってから数週間で

彼は『好きだよ』と言ってくれました。

それからそろそろ2か月が経つんですが、

『ねぇ、私たちの関係って付き合ってるの?』と聞くと、

『今は付き合うとかっていう言葉は使いたくないんだよね。

Aちゃんは年齢的にも近いうちに結婚したいって言ってたし、

そうなると、付き合うということは結婚を意識して付き合うということになる。

ただ、今の俺は、結婚も視野に入れた上での付き合い、となると

正直約束はできないし、責任もてる自信もない。

だから、俺はそういう契約的な言葉は使いたくないんだよね。』

って言うんです。

私としては、なぜ"付き合う"と言葉にすることに

そんなにこだわるの?と思って、全く理解できません。

もしかしたら、ただ遊ばれてるだけなのかなと不安になります。

 

 

 

 

男性のこんな言葉は

 

かなり真面目で責任感のある人か、それとも口が上手い遊び人か

 

という両極端な二つの男性像を想像してしまいそうですね。

 

どちらにせよ、相手と真剣交際をしたいと思い

 

男性の反応を待っている女性としては、

 

『なぜ、付き合おうって言ってくれないの?!』

 

と不信感をもってしまうのも仕方ないかもしれません。

 

 

 

例に記した女性は30代半ばの方ですが、

 

これまで恋愛経験はかなり多い方です。

 

ただ、いつも相手の男性の気持ちを信用できずに苦しみ、

 

なんとなく男性の態度が冷めているように感じ始めると

 

自分から関係を終わらせてしまうのです。

 

何度も何度も同じような状況での別れを経験した彼女が、前回の恋が終わった後に、

 

『もう同じパターンの恋愛を繰り返したくないんです‼』

 

と私にご依頼下さった後、この男性との出会いが訪れました。

 

皮肉なことに

 

彼女曰く『出会ったことないタイプ』の男性なのです。

 

 

 

今までの彼女は『付き合おう』という言葉を男性からすぐに引き出せていました。

 

彼女にとっては

 

付き合う="彼女"という立場を約束される

 

という、ある種の契約が成立した気分になり、安心を得られますので、

 

相手との雰囲気が"いい感じ"だと思えば、

 

早いうちにその意思を相手に確認したいのです。

 

 

とは言え、お付き合いが始まると…

 

『私って本当に"彼女"って思われている?』

 

『"彼女"だと思ってたら、仕事が忙しくてももっと頻繁に会うよね?』

 

『"彼女"との会話は簡単に忘れないよね?』

 

と、本来彼女にとっては安心であるはずの

 

"彼女"という立場に逆に振り回されてしまい、

 

自分の中の"彼女"の定義で男性の気持ちを測り続けては、

 

不信感を膨らませ安心という状態とはほど遠くなってしまいます。

 

ですから、裏切られたとか、心を深く傷つけられた、等の出来事があって

 

別れを選ぶのではなく、彼女の中の

 

本当に"彼女"として愛されているのか信用できない

 

という不安によって関係を終わらせていたのです。

 

 

 

愛は感覚で湧いてくるものですから、

 

"付き合う"その日から相手に対して

 

『一生この人と共に歩んでいきたい』と思える程の

 

深い愛情が湧くということが決して約束されているわけでない事は

 

恋愛経験のある多くの方はお分かりの事と思います。

 

とは言え、自分が好きになった相手が

 

自分を好きだと言ってくれれば当然嬉しいですし、

 

最初は大抵盛り上がりますよね。

 

恋の魔法というアレです。

 

 

 

 その状態から、コミュニケーションを重ねていく流れの中で

 

相手への信頼感や不信感などの感情が生まれます。

 

もちろん不信感がありながらも結婚を選ぶという事もあると思いますが、

 

信頼関係を重ね、お互いが『この人とだったら結婚したい』という気持ちで

 

結婚するというのが、一番不安がないですよね。

 

 

 

もともと結婚願望が強い彼女は、

 

『彼がはっきりしないなら、早く別れたほうがいいと思うんです。

 私の本音はやっぱり結婚したいし、その相手が彼がだったらいいな、とも思います。

 ただ、彼が付き合うと決めてくれないなら、

 今後コミュニケーションする事自体、はっきり言って無駄だと思うんです。』

 

と話していました。

 

 

 

この彼女の考え方は今までの彼女の恋愛の仕方と同じく

 

早急に白黒ハッキリというものです。

 

ただ、彼女が結婚相手に求めている一番大事なことは

 

彼女の心が信頼できる男性です。

 

とにかく早急に相手の男性が結婚をしたいかどうか知りたいというだけなら

 

相手にその意思を確認するだけで関係を続けるかどうか決断できるかもしれませんが、

 

心が求めている相手は愛されていると信頼できる男性なので

 

本来、そんなに早く答えが出せるものではないので

 

"考え"と"心"に意見の矛盾があることになります。

 

 

 

 

 

彼女は彼に愛されているかどうかについて

 

彼の恋愛観や結婚観にはかなり注視しますが、

 

彼からの優しさを感じている自分の気持ちや彼といる時の安心感など

 

愛情関係においては大切であるそれらの感覚を自分の心から感じていながら

 

ほとんど参考にしようとしていません。

 

 

 

恋愛観や結婚観のような考え方は変化することがあります。

 

それまで結婚自体に興味がなかったとしても

 

『この人との結婚ならいいかもしれない』という気持ちが生まれる事は

 

男女共に決して珍しいことではないでしょう。

 

 

 

考え方の変化は、ほぼ心によるものですから

 

結婚したい→したくない

 

結婚したくない→したい

 

という可能性は常にあります。

 

 

となると、

 

彼女のように信頼できる人と早く結婚したいという気持ちの場合、

 

まず、彼が信頼できる人なのかどうか、彼女の心が体験を重ねなければ

 

彼の考えを問う以前に、彼女にとって彼が

 

本当に結婚したいと思える相手なのか

 

を迷い続けるでしょう。

 

 ですから、疑いの目だけで相手を見ていては、

 

いつまで経っても信頼関係は築けません。

 

 

 

 

信頼できるかどうかという事については

 

相手の人間性のみ重要だ、と思いがちですが

 

いくら相手が人柄も良く信頼できそうな人に感じても、

 

自分の心がその男性から"愛される”可能性を

 

信じて関わらなければ、信頼関係はなかなか生まれないのです。

 

 

 

 

 

彼はお付き合いの形について話し合った時こうも言っていたそうです。

 

『Aちゃんが望んでいるような事を言葉にするだけなら正直簡単なんだよ。

そんなのは誰でもできると思うし。

でも俺としては、これからの俺の態度とかで俺の気持ちを感じ取って欲しいんだよね。

 俺も、Aちゃんとずっと一緒に居たいって気持ちが

 自分の中でもっとはっきりしたら、その時は結婚の事だって

 ちゃんと考える気持ちはあるから。』

 

 

 このような、過去のお付き合いでは

 

一度も言われなかったような言葉を言われ、

 

『本当に理解不能です』と、彼との関係を

 

今後をどうしたらいいのかについて

 

ずっと迷っていた彼女でしたが、

 

私の、『彼からの約束のような言葉はないけれど、

 今の時点で彼の事が好きで、安心できて、また会いたい、もっと話したい、

と感じられるのであれば、早急に答えを出そうと考えるよりも、

 心が感じることを一度信頼して過ごしてみませんか?』

 

 という提案に対して、

 

『彼の優しさを嘘とは思えないので、不安はあるけれど

もうちょっと前向きにコミュニケーションしてみます。』

 

と言っていました。

 

 

一見、大きな問題でもないような出来事のようですが、

 

彼女にとっては約束に頼らず心を優先してみる事

 

とても勇気のいることだと思います。

 

でも、それは愛する事を体験することでもあるのです。

 

 

 

ですから、

 

理解不能な『出会ったことないタイプ』の彼が

 

彼女の人生にこのタイミングで現れたのは…

 

ちょっと皮肉でとても素敵な出来事ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

相手の愛を感じたければ

 

心を開いて向かう意外に確かめる術はありません

 

それができたなら

 

約束という形に頼らずとも

 

二人の愛が自然に未来の形を

 

作っていくでしょう♪

 

 

 

 

 

 

2017 / 12/ 5                  kyoko♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚栄心

 

『自分なんて、ダメなんじゃないか…』

 

という気持ちを感じるのは誰しも辛いものです。

 

ですから、そんな自己否定を感じないで済むように

 

頭が理想の状況に変えようとし、

 

『私(俺)は凄いんだよ!』

 

という虚栄心が生まれることがあります。

 

虚栄心からなる態度は、

 

自己否定が強い人には見えません。

 

そうなると、

 

『自分なんてダメなんじゃないか…』と言う本心は、

 

自分だけでなく他者にも理解されないまま、

 

心の奥で孤立した存在になります。

 

 

 

そもそも、

 

自分はダメなんてことは、一生確定できません。

 

そう判断した地点での自分に自信がなく、

 

ダメだと感じてしまう何かがあるにせよ、

 

その後の自分を良いと思える可能性はあります。

 

それなのに、

 

『私(俺)って凄いんだから!』

 

という偽りの強さで存在しようとすることは

 

自分の可能性を否定し続ける事であり、

 

自分を全く信用していない事にもなります。

 

 

 

 

そのように、

 

虚栄心で行動する人はダメなのではなく、

 

ただ、自分を愛することから逃げているだけの人

 

愛に飢えた人です。

 

 

 

食事や睡眠はさることながら

 

人は愛のエネルギーなしで生きていくことはできません。

 

自分で自分を愛することを諦めていても

 

愛を感じることは必要なので、

 

他者から自分の存在の承認を得るために

 

『これなら認められる』と感じられる自信家を演じることになります。

 

 

ただ、そうして得た承認は、

 

結局のところ本当の自分でない事を自分自身は知っていますから、

 

どんなに他者からの承認を得ても

 

愛に飢えた心の状態は続き、

 

より一層、

 

『もっと自分を大きく見せなければ‼』と

 

虚栄心を満たす為の行動をし続けてしまいます。

 

 

 

 

 

本当は自分を愛し、認めたいだけのはずが

 

偽りの自分になるよう自分をコントロールし

 

それでは得たい愛を得られないことに気付かぬまま

 

心は渇き続けている…

 

 

 

これでは無意識に

 

自分の心を虐め続けている

 

とも言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を大きく見せたくなる気持ち

 

それは

 

心が渇いている証

 

 

あなたに否定され続けた

 

"独りぼっちの心”の存在を

 

まずは受け入れること…

 

その行為こそが

 

渇いた心を潤すきっかけとなるでしょう♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2017 / 12 / 1                      kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

役割

 

先日、遠方の友人と久しぶりに話したのですが、

 

『もう嫌!とにかく日常生活から離れたい!』と

 

ネガティブな思いや感覚が込み上げてくるのを感じて

 

ご主人に頼んで急遽家族でドライブ旅行をしたら、

 

帰宅後は自分だけでなく、家族みんなの雰囲気まで不思議と落ち着いた、と言っていました。

 

 

主婦業や仕事に追われ、ゆっくり1人になる時間も取れなかった彼女は、

 

日常生活を『ちゃんとしなくちゃ!』と頑張る人です。

 

この"ちゃんと”の部分は、仕事や家事だけでなく、人への接し方にも表れるので

 

家族は彼女を頼りにしていて、太陽みたいな存在です。

 

 

そんな彼女は、いつも自分への優しさは忘れてしまいがち。

 

気が付けばいつの間にか心身共に疲れが溜り…

 

それでもなんとか家族のためにと頑張るのですが、

 

そんな彼女の状態を知ってか知らずか、

 

子供たちの喧嘩やイライラがどんどん激しくなり

 

彼女の疲れはエンドレス。

 

 

 

 

こんな風に個々の心身のバランスは、家族のような近い関係性には

 

特に連動しがちです。

 

 

 

 

日々の『やらなきゃいけない!』

 

と感じるルーティンに飲み込まれると、

 

本来は生きている時間の全てが

 

自分の人生だったはずなのに

 

組織の一部

 

誰かのための自分

 

という、役割の人生になってしまいます。

 

 

家族間や職場など、誰かと関わっている以上、

 

その場での役割を担うことはあります。

 

ただ、自分らしく過ごす時間と役割で過ごす時間のバランスが

 

大きく崩れると、次第に自分の為にすることが疎かになり始め、

 

やがて毎日疲れ切ってただ寝るだけで精一杯、という状態を

 

繰り返してしまう事もあります。

 

 

 

人生が"役割の自分”

 

に乗っ取られてしまわないように

 

自分の心身が疲れ切っていないか

 

定期的に意識するのは大切でしょう。

 

 

 

ただ、自分の心身の状態を後回しにする人は

 

多忙な時に疲れている自分を優先する事を

 

良くないと感じているかもしれません。

 

 

 

仕事が溜まっているのに休むのは無責任

 

ちゃんとご飯を作らないと母として無責任

 

etc.

 

自分のことを後回しにしても仕事のため、誰かのため、

 

という気持ちが強い人は、責任感や向上心が強かったり

 

人への思いやりがある方が多いでしょう。

 

そんな人だからこそ、自分への思いやりを忘れずに

 

心身のバランスにも責任をもって生きることが

 

結局は"人のため"にも繋がります。

 

 

 

 

 

 

 

いつも誰かを気遣い

 

気遣われることが少ないと感じる人は

 

自分への気遣いを忘れていないか

 

時々振り返ってみてください

 

それは

 

アナタが大切にしている周りの人への

 

愛にも繋がりますから…♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017 / 11 / 28                 kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連鎖

 

小さい頃、母親から

 

『アンタは本当に要領も悪いし、いつまでたっても友達もできない!そんなんでこれからどうすんの!?』

 

と責められ、外で遊ぶことを強要されたり

 

好きでもない習い事を沢山させられた、というAさん。

 

思春期に入ると

 

『私はすごく変なのかもしれない』

 

『私は周囲から浮いた存在ではないか』

 

と悩み、ずっと人間関係に自信がなく

 

いつも人目が気になっていました。

 

 

大人になっても

 

いつまでも母親の呪縛から逃れられず

 

結婚も急かされた上での事。

 

間もなくしてお子さんも産まれましたが

 

数年で離婚することになり、

 

実家にお子さんを連れて戻りました。

 

 

 

お子さんは、一人で遊ぶのが好きで

 

公園などに行っても、

 

自分からは人の輪に積極的に入ろうとしません。

 

周囲の子の行動と違うと感じたAさんは

 

『この子はおかしいのではないか?』

 

『これではずっと友達もできないのではないか?』

 

と、お子さんの性質が不安で常に気になって仕方ありません。

 

 

 

Aさんの母親は、孫が積極的な性格でないことに対し、

 

『可哀そうに。アンタの性格のおかげでこの子までこんなことになっちゃったんだよ!』

 

『アンタがいつまでもしっかりしないから!』

 

とAさんを責めるのでした。

 

 

 

ある日

 

Aさんが職場の同僚への言葉に対し、

 

『配慮が足りなかったかもしれない』と、

 

後悔で憂鬱な気持ちを母親に話しました。

 

すると、

 

 『全く…なんでいつもアンタはそうなんだよ。子供の頃から何も変わってないんだから!』

 

と言われました。

 

特に子育てするようになってからのAさんは、

 

母親のそのような言葉に激しい怒りを感じるようになっていました。

 

とは言え、母親の性格は今更どうしようもない、と

 

諦め、大抵は聞き流していたのです。

 

ただ、その日は

 

『そんな言い方しないでよ‼‼』

 

と強い口調で言い返しました。

 

そのあと、すぐに母親の側を離れましたが

 

イライラは治まらず、

 

一人で本を読んでいたお子さんに向かって

 

『アンタがそんな風だからお母さんはおばあちゃんに文句ばっかり言われるんだからね!!』

 

 と怒鳴りました。

 

 

 

 

こんな経緯を話された後、

 

Aさんは母親についてこう言いました。

 

『母は、あの歳でも友達なんて一人もいないんですよ‼』

 

『自分だって人付き合いできないくせに‼私の方がよっぽどましです‼』

 

『私には暴言ばっかりなのに、ご近所にはいつもペコペコいい顔して‼』

 

 

 

 

 

お母さんもAさんもお子さんも

 

人と積極的に関わるのが苦手で内向的というところが似ています。

 

そして、現在のお母さんとAさんはその性格に対して

 

とても"悪い性質"と考えているような言動をしています。

 

 

 

お子さんの気持ちはと言うと…

 

 

 

公園で一人で遊んでいるお子さんにAさんが

 

『友達と一緒に遊ばなくていいの?』と聞くと、

 

『いいの。』

 

『それで楽しいの?』

 

『うん、楽しいよ♪』

 

いつもそういう返答で、

 

実際にお子さんに不満は無いように

 

見えるのだそうです。

 

 

 

 

Aさんは子供の頃、

 

『母に無理やり外で遊ばされるのが

 

苦痛で仕方なかった』と言っています。

 

それでもなんとかお母さんの価値観に合わせて

 

我慢して生きてきました。

 

 

 

今、お子さんにも

 

お母さんがAさんに向けた同じ不満を感じ、

 

時々それをぶつけてしまう事に罪悪感を感じています。

 

 

ただ、今のお子さんの気持ちや価値観は、Aさんとは違います。

 

Aさんに合わせようとせず、

 

好きな本を読んだり絵を描いたり、マイペースに好きな事をしています。

 

Aさんの勧めで習い事の体験に行っても、

 

興味がない物に対しての意思をはっきり伝えるので、習い事は一つだけです。

 

Aさんから公園で子供たちの仲間に入れてもらうよう勧められても、

 

気分が乗らない時に何度も言われれば、嫌がって怒ります。

 

 

 

 

 

親子関係では

 

このように、何かが連鎖をしているかのような状況が

 

起こることがあります。

 

それを"負の連鎖”と表現される事もあるようですが、

 

実はこの連鎖は"癒し"が起こるチャンスでもあります。

 

 

 

 

 

なぜなら、子供の頃のAさんは

 

お子さんのように一人で遊ぶ方が好きでした。

 

習い事も本当は好きな事意外はしたくありませんでした。

 

ですから、心の奥ではお子さんの気持ちに共感できるはずなのです。

 

 

現在はお母さんの価値観を優先して生きてきた事で、

 

お子さんの性質をお母さんと同じ価値観から判断し

 

不安に感じているのですが、

 

その不安は、お子さんが"一人で遊ぶのが好き”という事に湧いているのではなく、

 

『自分と同じような子になってしまうのではないか』

 

という不安です。

 

 

 

Aさんが感じているこの強い自己否定の対象である自分は、

 

お母さんの価値観を生きてきたAさんに対してのものなので、

 

自分と同じような子 というのは

 

母親の価値観を生きる子とも言えるのではないでしょうか。

 

 

 

そんなAさんは

 

現在も人間関係に悩み、

 

自分に自信がなく、未来にも不安を感じています。

 

 

Aさんのお子さんは

 

積極的に人間関係を作ることはしませんが、

 

全く友達と遊べないわけではないし

 

今までに大きなトラブルも特にありません。

 

時々、友達とのやりとりで嫌だったことは

 

Aさんに泣いて話したりもします。

 

その上、自分の幸せが何かをお子さんは素直に表現し、

 

やりたい事は『~したい』と言い、

 

嫌な事には『嫌だ』と言います。

 

こんなお子さんの現状は、

 

母親の価値観を生きる子ではないと言えます。

 

 

 

 

 

大人になった今でも

 

親の価値観を押し付けられるのはこんなに辛いのに

 

子供の幸せは子供自身が選んではいけないのだろうか?

 

 

 

 

Aさんがこの事をゆっくり考え、

 

心がどう感じるかを味わってみると、

 

子供の頃に押し込められていた気持ちも

 

解放することができるかもしれません。

 

 

 

 

お子さんに対しての不安やイライラは

 

お子さんの性格のせいではなく

 

『自分はダメなんだ』と、

 

幼い頃から傷つき続けたAさんの心の声です。

 

 

母親への怒りも

 

『もう、お母さんの価値観にこれ以上振り回されるのは嫌なの!早く気付いて!』

 

というAさん自身に向けての心の悲鳴なのです。

 

 

 

 

お子さんの存在を通しての経験が、

 

そんなAさんの心の奥の想いを

 

伝えようとしてくれているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供の気持ちを理解しようと

 

向き合ってみること…

 

それは自分自身を癒すこと…

 

 

そんな愛による可能性が

 

親子の"連鎖”の中には隠れているのです♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017 / 11 / 25                 kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抑圧

 

怒りや悲しみのような感情は

 

できれば味わいたくないですから、

 

別のことに集中して

 

考えないで済むようにしたり

 

どうでもいい過去の事として無視してしまえば、

 

とりあえず忘れることもできるでしょう。

 

 

ただ、抑圧を繰り返した感情は

 

実際に消えてしまったわけではなく、

 

少しずつ心の奥で溜まっていきます。

 

 

イメージで例えれば、

 

バカにされた時の怒りは怒りの風船へ

 

悲しかった気持ちは悲しみの風船へ

 

というように。

 

 

 

過去の出来事と似たような状況が

 

現在に起こると、

 

既に味わいたくないことを

 

心は知っているので

 

無意識に風船の中へ溜めてしまいます。

 

 

 

そんな抑圧によって

 

少しずつ少しずつ時間をかけて

 

割れんばかりに膨らんだ風船は、

 

何かの出来事がきっかけとなって

 

はじけてしまうことになるのです。

 

 

 

 

例えば

 

過去にいじめられた経験や

 

自尊心を傷つけられた経験が多かった人が、

 

ちょっとしたクイズに答えられなかった時、

 

冗談ともとれるトーンで

 

『こんな簡単なのわかんないの~?』

 

と、パートナーや子供に言われ、

 

カッとなって

 

『馬鹿にしないでよ‼』

『馬鹿にしやがって‼』

 

と、自分でも驚くほどにその言葉に反応し

 

感情的になり過ぎてしまった、という状況です。

 

 

 

 

それまでは、冗談でやり過ごしたり

 

イライラしても抑えることができていた感情が、

 

突然コントロールが利かなくなり溢れ出た時には、

 

相手からすると

 

『そこまで怒らなくても…』

 

と感じるほどの態度となって表れますから、

 

自分でも『感情的になり過ぎてしまった』

 

と自己嫌悪を感じてしまいます。

 

 

 

 

 

このように

 

感情を抑え続けることは、

 

他者だけでなく自分自身も

 

さらに傷つけてしまう可能性があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

もしあなたが

 

はじけてしまった怒りの感情に

 

傷ついたら…

 

 

激しい怒りを表した自分を責めるのを止めて

 

まずはわかってあげてください。

 

 

 

それほどずっと我慢していたということを。

 

我慢を続けてしまうほど

 

無かったものにしたいほど

 

その言葉が悲しかったのだということを。

 

 

 

 

その気持ちに寄り添った時

 

あなたは心が振動するのを感じるはず。

 

 

 

 

それがあなたの愛のエネルギーです。

 

 

 

 

 

そうしてあなたの心を受け入れた上で

 

怒りを表現し過ぎてしまったことを

 

相手に謝ってみませんか。

 

 

 

 

その時なら

 

相手もあなたと同じように

 

あなたの気持ちを

 

わかってくれるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

あなたの怒りや悲しみの感情も

 

人生を彩っている一部です

 

 

過去からの邪魔者としてではなく

 

あなたに理解され

 

愛で包まれるのを待っていますよ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017 /  11 / 22   kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去の出来事?

 

過去に囚われるな!とはよく言われたものです。

 

 過去の栄光はさて置き、

 

ネガティブな感情を引き起こす過去に

 

支配される人はとても多いです。

 

 

 

過去の出来事に現在の自分が

 

ネガティブな気持ちにされるのですから

 

なんだか "今の時間”が勿体ない感じもしますよね。

 

 

今回は、そんな過去のネガティブな感情を

 

消化したクライアント様の体験を

 

記してみたいと思います。

 

 

 

A子さんは、結婚して専業主婦になり

 

家事の合間に自由に過ごせる時間ができました。

 

 

A子さんは向上心が高い方なので

 

その自由な時間を有意義に過ごしたい、と

 

ずっとトライしたかった英語の勉強を

 

張り切ってスタートしました。

 

 

続けていく中、

 

学生時代より前向きに学習意欲を持てるようになり

 

これなら続けていけると感じました。

 

 

 

ところが、ある日、急に勉強に集中できなくなったのです。

 

  

以前勤めていた会社の上司の冷たい態度や

 

ひどく傷つけられた言葉の数々が蘇ってきて

 

激しい怒りの感情が湧きだし、

 

勉強どころではなくなってしまいました。

 

 

過去のことなんて変えられないし、

 

今の状況は幸せなのだから

 

考えたところで仕方ない!

 

と、気持ちを切り替えようとしても

 

全く勉強が手につかず、

 

過去に囚われている自分が苦しいんです

 

と、ご相談がありました。

 

 

 

A子さんのように、

 

何かに対して『積極的に"やりたい”!』と頭でわかっているにもかかわらず

 

思い出したくないような過去の感情に囚われてしまう時、

 

楽しいことをしてみたり、リフレッシュできる何かをすることで

 

解消できればいいですよね。

 

ただ、何も手につかないと感じるほど

 

過去のネガティブな感情が湧いて仕方がないときは

 

"やりたいこと”をやれる自分になる努力をするよりも、

 

心の中を支配している過去の自分のモヤモヤに向き合うことの方が

 

結果的に"現在の自分の幸せ”にとって、

 

必要なことだったりします。

 

 

でも、過去に向き合うってどうすればいいの?

 

と思う方も多いと思います。

 

 

過去に起こった出来事が原因の場合、

 

どうにもできないようなことが多いからです。

 

 

例えば

 

A子さんのように

 

過去の上司に言われた言葉を思い出して

 

悲しい気持ちが湧いてきても

 

その相手に怒りをぶつける機会なんて

 

なかなかありません。

 

 

ですので

 

『今更…』とか、

 

『ミスしたのは私だし…』

 

『所詮そういう人だったんだ…』

 

 

と、

 

考えないようにするのがべスト、

 

忘れるのが一番、

 

と頭で納得させようとしてしまうかもしれません。

 

 

 

 

 

 

さて

 

A子さんが過去の出来事から湧いてくる

 

そのネガティブな感情を

 

どのような形で消化したか、という部分が

 

気になりますよね♪

 

 

 

A子さんがその時向き合った過去は

 

かなりハードな感情で

 

自分を傷つけた相手を

 

『殺してやりたい!!』

 

と思う程の強い気持ちだったので

 

人に聞いてもらうことに

 

非常に抵抗がありました。

 

 

A子さんはセッションの際に

 

自分の感情の正体を突き止め、

 

頭では整理は出来ていましたが

 

すぐに消化できるようなものでもなかったので

 

一人で過ごせる時間にその感情が湧いてきたときは

 

どんな気持ちもジャッジせず、

 

好きな方法で吐き出すことを提案しました。

 

 

 

色々、手段はありましたが、

 

絵が得意だった彼女のとった行動は

 

自分の感情を絵に表現することでした。

 

その時の怒りの対象である過去の上司を

 

『アイツ…!!』と絵にした時、

 

激しい憎悪が湧いてきて躊躇しましたが

 

そのまま一心不乱に描き続けました。

 

 

そんな風に夢中になって絵に色を塗っている間、

 

次第に怒りの対象の相手が変わっていったそうです。

 

というのも、A子さんは

 

尊厳を踏みにじられたと感じる経験が多く、

 

上司もその一人でしたが、それ以外にも

 

ひどく傷つけられた、と感じる数人が

 

出てきたのです。

 

 

 

 A子さんは描いた絵にタイトルを付け

 

それを教えてくれたのですが

 

推理小説のようなタイトルで秀逸でした(*´艸`*)

 

 

過去の感情に向きあったA子さんの感想は

 

『凄く疲れましたが

なかなか面白かったです(笑)』

 

というものでした。

 

 

  それ以降、過去の『アイツ!!』への感情は

 

落ち着き、勉強をしても邪魔されなくなりました。

 

 

 

 

 

感情に向き合う手段は人それぞれありますが、

 

一番大切なのは、

 

その感情を否定しないでありのままを吐出し、

 

過去の自分の一番の理解者に

 

なってあげることなのです。

 

 

 

 

 

過去は現在に存在しませんが、

 

現在の自分を苦しめているのであれば、

 

それは過去になっていないのです。

 

なぜなら、人間関係や状況そのものは

 

過去のものかもしれませんが、

 

それにより苦しんでいる心は

 

"今のアナタの心”だからです。

 

 

 

 

 

 

あなたにも

 

今のアナタと話したい

 

過去のアナタが

 

いるかもしれませんね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017 / 9 / 27        kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

open heart

 

先日、女性クライアント様から近況報告のメールを頂きました。

 

『こんな日がくるとは思わなかった。』

 

『幸せすぎて怖い(笑)』

 

こんな言葉と共に、順調な状況が綴られていて

 

私も幸せのおすそ分けをたくさんいただきました☆彡

 

 

 

 

『幸せすぎて怖い』と感じる日常を送るようになった彼女ですが、

 

以前は、自分の "とても敏感で繊細な激しい心”と付き合っていくことに、かなりの難しさを感じていました。

 

でも今は、その繊細さが、不安を起こす厄介なものとしてではなく、

 

自分の心の中にある愛や美しさを気付かせてくれる感性として、

 

自分の心を大切に思うようになりました。

 

それでも時には不安になる気持ちを、彼に素直に表現できるようになっています。

 

そんな彼女の気持ちを彼もちゃんと笑顔で受け止めてくれています。

 

そのようなコミュニケーションで得られる幸せは、今までの彼女にはなかったものなので、

 

あのような喜びの言葉となっているのです。

 

 

 

 

 

心を開いてコミュニケーションすることを【怖い】と感じる方は多いものです。

 

『素直な気持ち』を表現して、相手が受け入れてくれなかったら…と思うと

 

表現しない方がマシだと感じ、心を閉ざしてしまいます。

 

ただ、その『素直な気持ち』でいる時こそ、ありのままのアナタで生きている時間なのです。

 

 

 

その場をとり繕って、いつも理想的な感情を装っていたら

 

その時のアナタはアナタとして存在していないと言っても過言ではないわけです。

 

 

とは言え、素直な気持ちを常に表現できるかというと、それはなかなか難しいことです。

 

現代人は社会的立場があり、それぞれの役割で生きている時間が多いですから

 

特に繊細な感情をなかなか出せないのも仕方のないことでしょう。

 

 ただ、そんな時こそ自分の素直な気持ちで過ごせる時間が必要なのです。

 

 

 

 

自分の気持ちをどこにも出せていないな、と思う人は

 

そのような時間をあえて作ろうとしてみて下さい。

 

誰にも話したくないような場合は日記のようなものに記すのもいいでしょう。

 

その日記に自分の心を表現している時、アナタはアナタそのものなのですから。

 

 

 

 

 

 

心を開いた時間があること

 

それは

 

ありのままのアナタで過ごしている時間があること

 

アナタはどのくらい

 

そんな時間を持てていますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

2017 / 6 / 1                kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーフェクトウーマン

 

『私、パーフェクトウーマンじゃないから

素敵な男性には出逢えないし、

こんな私は結局愛されないんだな、と思ってるんです。』

 

時々、こんな風に

 

【パーフェクトじゃないから愛されない】

 

というような内容のご意見を聞くことがあります。

 

このパーフェクトな人…というのは、非の打ちどころがない人、

 

ネガティブに感じるところのない人ということなのでしょうが、

 

自分に対して『もっと〇〇だったら良かったのに…』

 

という願望を持たない人はきっといないですよね。

 

 

さて、冒頭の画像…オードリー・ヘップバーンですが、

 

オードリーはコンプレックスだらけだったそうです。

 

大きな目も、高い鼻も、痩せた身体も嫌いだったのだそう…。

なんなら変わって欲しいのに(笑)

 

結局、そんなコンプレックスを受け入れ、隠す方向ではなく、持ち味として表現したことによって

 

多くの方から愛される女優としての人生を歩まれたのですが…☆☆☆彡

 

 

 

 

自分には何かが足りないから愛されない、とか幸せになれない、というような考え方をしてしまうものですが、

 

【愛】や【幸せ】は、それを得るための資質を求めてきたりはしません。

 

『愛されるためにはそれなりの資質が必要なんだ!』と、

 

自分に対してその資質をジャッジするのは、あくまでもその人の価値観です。

 

実際には、足りない部分があっても愛されます。

 

自分が好きではない部分を他者が褒めてくれることだってあります。

 

 

確かに、その時の社会の風潮などで、より評価されるタイプというのはあるでしょう。

 

現代の日本だと、まだまだ男性はステイタスや収入などで評価される、と感じるかもしれませんし

 

女性の場合は、若さや、外見が美しいほど愛される、と考えてしまうかもしれません。

 

もちろん、それらの部分は愛される要素になり得ますし、他者に認識されやすい部分ですから、

 

そこにこだわってしまう事がダメなわけではないですが、

 

【愛されるかどうか】という観点からすると、ほんの入り口みたいなことでしかないのです。

 

 

 

ちょっと飛躍した例えかもしれませんが、

 

血統書つきの動物と雑種の動物で飼い主から受ける愛が変わるでしょうか??

 

どちらの動物も、とても愛される可能性もあれば、捨てられる可能性もあります。

 

飼い主との関係性によってどんな状況にもなり得ます。

 

外見や血統などで【愛】の質が変わるのではなくて、それはあくまでも好き・嫌いの範疇です。

 

ですから、ステイタス、収入、外見なども、好き・嫌いの類なのです。このように言うと、

 

『えっ?好きって事と愛は同じじゃないの?』

 

という意見が聞こえてきそうです。

 

 

 

確かに、感覚としては似ているものですが、同じでもありません。

 

好きなものに愛が湧く可能性はもちろん高いですが、嫌いだと思っていたものに愛が湧くこともあります。

 

好き・嫌い、はその時の自分の価値観や好みですが、

 

愛は感じている感覚です。湧いてくるものなのです。

 

 

気付いたら、かけがえのないものになっていたという状況があったなら、

 

その関り合いの中で【愛】は生まれていて、好きだと思った対象がその【愛】により、

 

他とは比較しようのない、かけがえのないものになっているのです。

 

 

 

その上、【愛し合う】ということはお互いの気持ちが循環している状態なので、

 

関り合うことで初めて成立します。

 

以前は好きじゃなかった相手の癖やしぐさ、外見までもが、関り合うことで

 

愛おしいと感じることもあるのです。

 

 

 

それなのに、関り合う前に『パーフェクトじゃない私なんて愛されない』

 

と、決めてかかる必要があるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

アナタが愛されないと感じるのは

 

パーフェクトではないからではなく

 

そのままのアナタで関り合うことを

 

諦めているからなのかもしれませんよ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017 / 5 / 11    kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。」が言えない

 

『ごめんなさい。』

 

誰かにちゃんと謝らなければいけない時ほど、

 

言えないことはありませんか。

 

 

自分が謝ることで相手に負けた気がする

 

自分がしたことが受け入れられない

 

謝っても許してもらえなかったら…

 

 

こんな風に、謝れない理由は色々あると思います。

 

この3パターンの場合でそれぞれの裏にある価値観を見てみると

 

勝ち負けを気にする≒弱者になりたくない

 

自分の過ちを受け入れられない≒自分を"悪い子"だと思いたくない

 

相手が受け入れてくれないことを恐れる≒愛されない自分になりたくない

 

というように、自分が拒絶する状態にならないように自分を守っています。

 

でも【本当は謝らないといけない】と思っているので自分を守る行為なのに

 

気持ちが落ち着かない状態になります。

 

『本当にそれでいいのか?』

 

『自分が同じような態度をされたらどうだろう?』

 

このように自分を裁く意識が湧いてくるでしょう。

 

これは苦しいですよね。

 

 

 

 

 

対人関係において、必ずと言っていいほど"あやまち"は起こるものです。

 

ということは人はあやまちを犯す可能性がありながら関わり合っているのです。

 

だからこそ、謝ることがペナルティーのようなイメージを持つ必要はないと思います。

 

 

もちろん、その事象がどのようなものかによって

 

その出来事を簡単には受けとめられない、と感じる事もあるでしょうから

 

軽々しく『素直に謝ればそれでいい』と言えることでもありません。

 

 

 

 

ただ、

 

謝るのを躊躇する程の出来事が起きた時は

 

人生においてはとても大事なタイングと言えます。

 

 【なぜ自分が相手に対してそれをしてしまったのか】

 

これを見つめることは怖いことですが

 

深く自分を理解する機会になります。

 

 

 

 

 

【本当は謝らないといけない】と思っている時の『ごめんなさい。』

 

これは自分の立場をおびやかすものではありません。

 

弱者になるわけでも愛されない存在になるわけでもありません。

 

 

その出来事に向きあって、『ごめんなさい。』が言えたなら…

 

 

 

 

あなたの心に「独りじゃないよ」と

 

きっと伝えられるでしょう。

 

自尊心はそんな行為からも生まれるのではないでしょうか♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2017/3/3   kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隣の芝生

 

 隣の芝生は青い。 

 

言わずと知れた、他人の物の方が良く見えるっていうことわざです。

 

にんげんだもの…(笑)

青く見えちゃいますよね。

 

人のものや状況が良く見えるということは

今の自分にはそれが足りないと感じてるってことで、【羨ましい】という気持ちと絡んでいます。

 

 

 

【羨ましい】

この感情は、 『あ、あの人いいな、私もあんな風になりたいな~(*´▽`*) 』 

という類のものだと、

心は苦しいとは感じないでしょうが、

 

『なんであの人にはあるのに私にはないんだろう…』

『ずるい、私にはないのにあの人ばっかり‼』

 

という感じのものになってくると、【羨ましい】も【妬ましい】になっていき、やがては【憎らしい】と、

相手が自分に何かしたわけでもないのにイライラしたり、怒りを感じる場合もあります。 

そんなどこにも向けられない怒りはストレスです。

 

こうなると…心は苦しいですよね。

 

 

このようなケースの怒りの感情は相手に向かっているように感じますが、

望む状況を手に入れられない自分にも向けられています。

 

【今の私はそれを手に入れられないと感じる】 

 

こう感じる原因を見つめるのが怖くて、相手にだけ怒りを向けてその場をしのいだり、

『自分はあの人以上に頑張っているのに、世の中おかしい!』と言ったりもします。

 

 

 

さて、

こんな感情の動きをありがちな状況で表現してみますね。

 

 

Aさんは友達のBさんをいつも羨ましいと感じていました。

Aさんは恋人が忙しくて会う時間を作ってもらえないのに

Bさんはいつも休みのたびに恋人とのデートの状況をSNSなどに投稿しています。

それを見るたびBさんの状況が有意義でとても楽しそうに見えるのです。

 

始めは『いいな~!』と思うだけでしたが、Bさんが味わっている状況に

あまりにも自分と差があるように思えて、次第にBさんを妬ましく思うようになりました。

友達なのに話しているとイライラして怒りが湧いてきたり、憎らしい感情さえも出てきて

なんとなくBさんと過ごすことが辛くなってきました。

 

 

 

 

この場合、Aさんの妬みから生まれた怒りや憎しみの矛先は、自分にない状況を過ごしているBさんや、

Bさんのような状況を作ってくれないAさんの恋人になります。

 

恋人に不満をぶつけたい衝動を抑えたり、Bさんとの時間にも本当の感情を抑えて過ごしています。

友達相手にこんな気持ちになる自分にもなんだか否定的な気持ちが湧いてきて苦しくもなります。

 

 

このような状態のAさんの心の奥には

 

『Bさんは沢山愛されてる。私だって望んでるのに。』

『なぜ??それは私がBさんより魅力がないってこと?』

 『…こんなに嫉妬したり理不尽に怒ったりしてたら愛されないのも仕方ないかもしれないね…。』

 

 

と、このような不安や悲しい気持ちも存在します。

 

 

この不安や悲しい気持ちはとても苦しいし、自分では見つめたくないものです。

それに、悲しんでも状況は変わるわけではないということもわかっています。

 

 なので、感情に蓋をして羨ましいと感じたBさんへの気持ちを

なんとか誤魔化したり忘れようとするでしょう。

 

 

 

このAさんのような状況のように、ここで自分の感情に蓋をしてしまうと、

自分の心には嫉妬や怒り不安や悲しみなどのネガティブな感情しかないように思えます。

そう思うとより一層、こんな私だから幸せになれないんだ、という考えが浮かぶかもしれません。

 

 

でも

ここでもっと心の奥を見つめてみると…

 

 

強い嫉妬や怒りを感じるのは

もっと恋人と幸せな時間を過ごしたいという願いがあります。

それが今の自分にとって幸せをもたらすものだと思っているからです。

 

 この自分をもっと幸せにしたい気持ち

自分への愛情と言えますよね。

 

現代社会においては、このような流れでの自分への愛情を、エゴ(利己的)と

表現される場合もあります。

 

そんな中、

 

【大切な誰かの幸せを願う気持ち】

 

この気持ちは美しい愛情だと表現されることは多いですよね。

 

時には、この大切な誰かの対象が自分であってもいいのではないでしょうか。

 

 

自分という存在を大切に思えるのは素晴らしいことです。

 

 自分をもっと幸せにしたい。

そういう愛情が妬みや怒りの奥にはあるのです。

 

 

だからこそ

自分は愛されないのではないか、というネガティブな思いを感じても

 その奥にある自分を大切にしたい、もっと愛したいという

自分の気持ちを信じて、その思いを持つ自分を認めてあげてください。

 

 

 

 

 

自分の心の奥にある自分への愛情に気付いたら…

 

誰と比較する必要もない

自分だけの"青い芝生"を大事に育てていけると思います♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017/3/2   kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の気持ち

 

恋愛関係などで、相手が自分をどう思っているかって

当然気になりますよね。

 

では気になった時アナタはどうしますか? 

 

①聞く(言える) ②聞けない(言えない) 

③遠まわしに探る

 

この3択だけってことでもないかもしれませんが、

こんな風に人それぞれ行動の仕方は違います。

 

 

素直に聞ける人はそれでいいですが、聞けない人は気になり続けるわけですよね、

『彼って私のこと本当に好きなのかしら?』みたいに…

 

では、なぜ聞けない(言えない)のでしょうか。

 

【面倒くさいと思われちゃうから】

 

【「私のこと好き?」とか何度も聞かれると相手は嫌がるって聞いたことがあるから】

 

こういう意見はよく聞きます。

 

でも、そうは思っていても内心ではやっぱり気になるので

 

③遠まわしに探る 

 

の行動にでるケースが多いようです。

 

例えば…

 

LINEなどで自分から送るのを当分やめてみる

→相手の方から着たら自分に関心があると思えるから

 

相手のFacebookなどを細かくチェックする

→相手の動向を見て異性の影を探る

 

『昔の方が仲良かったよね~』など今は不満という気持ちを匂わせる

→不満があると相手が感じてくれたら自分の方に関心を向けてくれるかもしれないから

 

などなど…

 

 

ただ、こういう行動をして相手の気持ちを想像したとしても

それが真実だとは限りません。

 

それでも探って確認していないといけないぐらい

自分は相手に愛されないかもしれない、という不安から

常にこういう行動をして自分を安心させようとしているのです。

 

これでは好きで関わっている人との関係がいつの間にか自分の「存在価値」を

確認するものにすり替わってしまっていることになります。

 

 

 

 相手の気持ちを知りたい

 

 

この思いが自分の存在価値を確認するための行為になっているとなると

 言い換えれば、実は自分の存在価値を認めるために相手を無意識に

利用しているということにもなりかねませんよね。

 

 

 

自分の存在価値に不安があるなら、それは仕方のないことです。

 

人はそれぞれの色んな経験や心の状態がありますから、

自分に価値を感じられない時もあるのは当然のことです。

 

二人の間に愛情関係があるのであれば

そんな自分の気持ちを認めて、不安な時は相手に助けてもらってもいいのではないでしょうか。

 

 

『あなたから何日もLINEがないと私のこと忘れてるのかなって思っちゃうの。

だからたまにあなたからも頂戴ね。』

 

 

これなら、【相手からのLINEがないことで寂しい】という自分の心の問題だから

相手に助けて欲しいというメッセージになり、相手を責めてはいませんし、

自分も素直に話すことで自分で自分の気持ちを受け止めている行為になります。

 

 

 

相手の気持ちを探るより自分の本音に気づいて伝えることの方が

本当の愛情関係ではないでしょうか♪

 

 

 

 

 

 

 

2017/2/26  kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つながり

 

 昨日クライアント様から『ブログ時々かいて下さいね!』とのお声をいただきました。

 

先日なんの予告もなくいきなり更新したことなのに、気づいていただけて読んで下さっているなんて

…有り難いです。

 

それも今回偶然更新を見つけた、ということではなく、過去に記した記事を時々読み返して下さっているとのこと…

 

 

 

今は海外在住の方なのでお会いできる機会がとれませんが、なんだかつながってるな~、と感じました。

 

そんな方からの『時々書いて』というリクエスト。

 

『はい、頑張りまっす!』と初心に返った気持ちで書いております(笑)

 

 

さて。

 

うれしい!たのしい!だいすき!(あ、ドリカム)は心地いい感情ですが

 

かなしい!むかつく!だいきらい!はできれば感じたくない感情ですよね。

 

なかなかのエネルギーで自分の中で暴れまわるので消えて欲しいって思うものです。

 

 

でも怒りや悲しみなどネガティブな感情も存在意義はあります。

 

宇宙からの目線ではどんな感情も平等で今のあなたの因子ともいえるものです。

 

だから苦手な感情を無理に消そうとしたり抑え込もうとしないで

 

時々その感情に素直に寄り添って…

 

そしていつか小さくなっていくその過程に任せてみる。

 

そういう付き合い方もいいのではないでしょうか。

 

 

 

厚い氷が暖かな日差しでゆっくりと溶けていく…

 

そんな風に時間がかかって変化する様を体験するのも

 

生きている私たちだからこそできることだと思います♪

 

 

 

 

 

 

 

 2017/2/8  kyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆったりする時間

 

2017年 明けまして…と挨拶したと思ったらもう今日は節分です。

年を重ねるごとに感じるのが時間の早さ(汗)

 

お休みしていたブログも今年はできるだけ更新していきたいと思っております。

 今日は節分、明日は立春という事で、季節の区切りなわけです。

 

春なので、多くの人は新しいスタートというイメージをもつかもしれませんね。

 

新しく始めるなら何をしたいですか?

 

だんだん暖かくなって薄着になりますから“ダイエット”という意見は多いかもしれませんね(ワタシ(笑)

  

さて、『新しく何かを始める』という話をしておいて、こういう切り口もなんですが

 

『やることを決めても始められない』ということはありませんか。

 

 

 

目標の設定は出来ても実行に移していくのが難しい。

 

あれこれと計画するのに気力が出なくて実際に動けない。

 

そういう状態を繰り返すと『あ~またクチばっかり…』などと自分を責めてしまうことってあると思います。

 

計画するのに気力がでない…そんな時、実はとても心が疲れているサインかもしれません。

 

 

 

だからそんなアナタに一番必要な“実行すること”とは、

 

【自分の心を蔑ろにしていたことに気づいてあげて無理をさせないであげること】だったりします。

 

 

 

多くの人は“未来の自分のため”に目標を設定したり

 

“未来の自分の幸せ”を考えての行動を優先しがちですが、

 

“現在の自分のため”にじっくり向き合う時間や“現在の自分の幸せ”に向き合うことを忘れています。

 

 

 

自分の心が疲れて何も動けないというサインに気づいたら…

 

 

 

 

自分を責めるのはもうやめて

 

まずはじっくり心を癒す時間を持つことが

 

“一番大事な目標”なのかもしれませんね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 2017/2/3  kyoko